ジェノヴァでの疑心暗鬼の昼 12月29日 水曜

  夜中、2度ほど痩せた男がコンパートメント内を覗いているのに気が付いた。1度目は眠ってまもなくのことで、ドアを開け、カーテンを静かに引いた音で目が覚めた。くるみが気づき首をもたげたのを見て、男は足早に立ち去った。気味悪し。しかし、疲れていたので、まもなく

眠りに就く。

 

  もう一度は12時頃のこと。何となく眼を開けたら同じようなシルエットの男が覗いており

またしてもあっという間に消え去った。さすがに2度目には気になり我々のベッドその他を狙っている奴に違いないと思い、貴重品は身に付け、くるみだけ横たわらずに腰掛けたまま眼を閉じていた。薫はぐうすか昏睡している。ドアに挟むための新聞を薫のバッグから取っても全く

気づかない。ドアを開けた時にバサバサと音がして分かるようにだ。これじゃあ、バッグはともかく、カメラを取り出しても気がつかぬと、ますます独りで気を揉んだ。ウトウトはしても

寝つかれぬまま、人のドヤドヤ云う声や足音で正気に戻った。列車のエンジンも止まったし、ヒーターも切れたところを見ると、マルセイユに着いたらしい。8時頃に着くと思っていたが

まだ5時であった。乗り換えた列車はかなりの混み具合で、席取りを巡って薫が怒ったことで

諍いになり、くるみは不貞寝をした。

 

  9時電卓のベルが鳴り薫に起こされる。10時ごろ薫はボカディージョとドーナツ、くるみはドーナッツの朝食をとる。あとオレンジを剥いて2個平らげる。ものを食べたり飲んだりしているのは我々のみ。廊下でフランス人のチビがくるみの顔を見ては笑い逃げて行った。相手にしてやると何回も何回も来たので参った。そんなに変わった顔してるかなあ。薫は自分の顔が見えぬのでわざとくるみのことを黄色い黄色いと云う。別に黄色イコール悪いではないのだが、面と向かって言われると、かえって意識してしまい自然に振る舞えなくなる。全くろくなことを言わない奴だ。冗談もいい加減にしろよ!

 

  12時37分GENOVA到着。空いてると思ったインフォメーションは12時半から昼休みで両替だけ済ませる。きちんとしたバンクだが、レートはあまり高くない。133600リラ受け取る。

 宿とレストラン探しに歩いていると昨夜会った日本人女性(香川出身)にまた会う。同じく

宿を探していると云う。一緒にひとつのペンションに当たったが一人部屋なく、綺麗すぎるというわけで立ち去った。都市の中心に行きたく薫が歩いている女性を呼び止め聞こうとしたが、彼女は身を固くしたまま足早に立ち去った。ここでは住人たちも何かを警戒している

ふしがある。

 

  駅からまっすぐ行った先の道にてアベックによいレストランを教えてくれと云うと、ふたりで会話の後、駅の近くにあるが車で案内してあげると云う。くるみはこの間イタリア人に嫌な目に遭わされたばかりなので気が進まなかったが、成り行きで車に乗せてもらうことにした。(悪い人そうには見えず、会話の調子が不穏な様子でもないので)

 この車は2ドア4人乗り。すぐ近くだと云ったのに車はどんどん走ってゆくし、駅と反対の

方向へ向かうので薫があわてている。心なしか、いつも怒りかけた時に出すつまったような声で、”アレーー、これ反対じゃん”と叫び、近くなのか駅の後ろにあるのか?、とさかんに問うている。

前席ふたりの若いイタリア人カップルは別に変わった様子もなく、どこに住んでるの?とか、帰りはバスに乗ればいいとか説明してくれるが、こちとらはうわの空で耳に入らない。

肝を冷やしながら腰を浮かし気味に乗っていると、GENOVA principalとは別の駅が見え、

その裏にある、まるで目立たぬトラットリアの前で車を止めた。看板もなく、価格表もないが

安くておいしい店だと云う。

 へんなところに連れて行かれなくて良かったとホッとすると共に、まったくの親切だけで車に乗せて案内してくれたふたりを疑ったことを済まなく思い、握手を交わしたあと、何回も

礼を言って別れた。

当たり前だがイタリア人でも理由なく親切な人がいるものだなあ。

ふたりで店に入り腰を下ろしたときには、さすがにため息が出た。もうこんなしんどい思いは

嫌だ。これからは絶対乗らないことにしよう、と反省した。事が起こってからでは遅いのだから。

 

  この店はトラットリアというよりクッチーナである。MENUはなく、その日の品目の中から1、2の皿を選ぶ。panとvino(一人当たり2分の1リットル)がついて5300リラ。1はリゾットとパスタのうち、パスタを頼むとマカロニ・トマトソースがきた。トマトソースは少量で

塩味濃く、かつをだしで取ったようにさっぱりした味をしていて、おろし立てのチーズがたっぷりかかっている。久し振りに旨し。2はpolloとbeftekの内、ビフテクを。かなり大きめな

肉と、トマトサラダ付き。(レタスサラダとの選択)デザートは入らぬほどお腹いっぱいになった。

 くるみは夜行でトイレを我慢したところに食物を詰め込んだせいか、それとも疲れで身体が弱っているせいか、お腹が痛くなった。でも、バスに乗るのは勿体ないので30分ほどの道のりを腹を抱えて歩いた。pension Switzlandを当たる。ここは先程の香川の女性が聞いたところで一人7000リラとか。twinだと11500リラであった。しんどいし、マトモそうなので決める。

twinbedのうちひとつは少し凹んでいたが、部屋の手入れは結構行き届いているように思えた。

もちろん、シーツ、毛布カバーは真っ白で糊が効いており、タオル付き。ぐったりとベッドに

寝転んだら、いつの間にか寝てしまった。

 

  起きたら、夕刻の5時半過ぎであった。そのまま街に出ようかとも思ったが、今日はゆっくり休んで明日見にゆくことにする。

 6時過ぎ夕食を摂るため食堂を探して歩く。どこも高く、その上、copertoやサービス料をとるためますます高い。道路脇のへこんだところに建つ中華料理店に入る。ここは入り口が2つに

分かれており、ひとつはristorante、もひとつはtrattoriaであった。もちろん、後者に入る。

食事時には少し早く店内は我々のみ。主人が出て来て挨拶したが、ここでも中国人かと聞かれた。

 薫は中華そばのつもりで、焼きそばを頼んでしまった。くるみはボリュームのある鶏のチリソースのつもりで、鶏ささみと少量ヴェジタブルの炒め物を頼んでしまった。白ご飯は2杯で

2000リラ(400円)と高し。味付けは濃からず、ささみもふっくらと仕上がっていた。しかし、ボリュームに難あり。

ここの装飾は無駄がなく、また明かり、照明も安物のようには見えないところがいい。

あちこちに飾ってある画及び書は主人が書いたものだということだった。例外なく、ここの中国人店主も厳しい顔つきをしたしっかり者のようだった。

 

  途中のBarで珈琲を飲み、甘パンを食べ、ほこほこした気分で帰る。薫は明日の作戦を立て、くるみは日記を書く。お休みなさい。