3月5日土曜日 南回り フィリピン マニラ経由 

 

  朝6(現地時間)頃、フィリピンのマニラ到着の為、機内は賑やかになった。それ以前から別空港に着く度、灯りがともされるので、目が覚めていたのだが。雲海の上では東方から徐々に赤みが増してきつつあるところ。日はまだのぼっていない。機は降下する。滑るように滑走路に沿って飛び、どどーんと車輪が地面に着いた時、大勢のフィリピンがあちこちからわあーっと叫び声をあげ、一斉に拍手した。あのような何事も恐れぬ顔をした人たちでもやはり少しは無事着陸できるかと心配していたのかな。そう思うと面白くなった。あるいはこれで旅行が終わったんだ、という意味だったのかもしれない。

 

  時間が前後するが、マニラに着く前にくるみの後ろの席の日本人と知り合いになった。くるみの落としたボールペンを薫が拾いに行ったのがきっかけ。この人は松原某という名で大阪出身の音楽家である。妹の結婚式で日本に帰るところ。彼は日本の音大を出た後、ドイツへ留学したという。この費用は学生の時にアルバイトして貯めたお金で賄っている。今回の旅行の費用をひねり出すのも大変だったとか。以下時間の順序が不明なので、箇条書きで書き留めておく。

  • 音楽をやって食っていけますか、という問いに対して、彼はそれは重要な問題ですね、と前置きしてから、日本だったらN響ぐらいならやっていけますね、といい、その他の人たちは個人教授をしないと食べていかれないそうだ。所属するオーケストラが二流三流になっていくほど、先生をやる(レッスンの)時間が長くなるという。しかし、先生をやっていると金は入るが演奏会の機会が減り、だめになる。
  • 彼によると、ドイツに留学している日本人学生(楽家)7~8割は何を考えてるのかわからん。口をぽかんと開けとる。まあそんなやつでも日本人のよしみで付き合わなあかんから。この間も酒飲ませてくれゆうて転がり込んで来たんですけど、そんなのにかまっとれんから、お前勝手に飲んどれ、わし練習するから、と言うたんです。こんなときは鉄の意思持たないけませんね。
  • 心があまり良くない人(根性ばばの人)でも良い演奏をするかについては、演奏をするときは相当な緊張がある。着陸するときと離陸する直前のパイロットの脳波と同じ波線を作る。相当な圧迫感である。だからそれに耐えられるだけの頑丈な精神の持ち主でないといけない。友達で根性ばばの人がいるが、憎らしくなるほどうまい演奏をする。
  • これに関連して薫がスキャンダルで失脚した東京芸大の海野教授はどうかと聞くと、抜群に上手い。ああいう永久追放みたいにしてしまうのは日本の損失だ。本人が罰を認めて罪を償ったら、それでさっぱり洗い流して復帰させるべきだ。日本の体質はぐちゃぐちゃ非難しているうちに芸術家を殺してしまう。
  • 小澤征爾について良さがわからなかったので、理解の鍵を訪ねた。ちょっと考えてから、まず小澤征爾の顔を見てどう思いますか、と聞いた。薫が穏やかな顔をしていると言うと、そうでしょう、優しそうな顔をしているでしょう。包容力のある、そういう指揮の仕方だ。一昔前まではカラヤンみたいな怖い指揮がもてはやされたが、今は違う。人間味だ(人間性の勝負だ)小澤征爾とやっていると、演奏について何も言わない。好き勝手にやらしてくれる。でも本番になると変貌する。生命かけてやってる。死んでも譲らないという気迫で振る。それにみんな引き摺り込まれて、弾いてしまう。気が付いてみると、小澤征爾の音楽になっている。ベルリンフィルでも慕われている、彼とならやってもいいという音楽家もいる、というほどだ。小澤征爾アメリカとヨーロッパの宝だと言う。大事にされてる。もう日本人という感覚でない。小澤征爾はヨーロッパからアメリカなどに行く飛行機の中でこーんなに分厚い(と指で示して)楽譜を全部暗記してしまう。だから練習するときには楽譜を見ない。それでも、ちょっとでも音符を間違えるとすぐにわかって指摘する。途中から始める時も、何小節目からお願いしますというと、ちゃんとわかっている。それが何十何小節というぐらいでなく、百何十何小節の何拍目から、という具合にいう。それを聞いて、薫がそれじゃあ楽譜を見て音符で覚えてるんじゃないんでしょうね、というと、ああ、そうらしいですね。彼は楽譜を見ると、頭の中で音楽が鳴るという。響きで覚えているから、ちょっと違った響きになると、すぐわかる。「そのドの音は少し短い」と言う。楽譜を見ると確かにその通りである。
  • 何を買ったらいいかわからないと言うと、新譜がいいと答えた。なぜならクラシックはどんどん技術が進んでいくという。別の言葉でいうと、円熟というが。10年前の演奏と今のとでは格段に違う。
  • 練習すればどんどん上手くなると断言した。
  • でも、小澤征爾は一種の天才で、努力する人には勝てないというけど、努力する天才には努力する努力家は勝てない。小澤征爾は努力する天才だ。
  • クラシックの聞き方は指揮者の違うのを聞いてみること。最初は違いが大きい方がわかりやすい。でも聞いているうちに違いが少ないところで、違うを見つける喜びがあるという。
  • でも、レコードを買うより生の演奏を聴いた方がいい。そして、誰が間違えた、あの人は美人だとか誰が間違えそうだとか、顔を見て詮索するのもいい。自分なりの楽しみ方をすればいい。日本では間違えるとオーディオファン(日本の場合、クラシックファンはオーディオファンが多いので)が後から怒鳴り込んで来たり、金返せと言ったりする。間違いに人間味を見出す。かなり間違えるんですかと聞くと、結構ありますねと答え、酒飲んだ次の日と誰かと喧嘩してるときはすぐわかる。怒った人の息を風船に入れて、金魚鉢に入れると、毒に当たって金魚が死ぬ。刺々しい音になる。演奏会で出てくるその歩き方を見ても、こいつ旨いもの食って来たな、とか、結構貧しいものしか食ってないなということがわかる。
  • 楽家でもいろんなものを楽しめる人でなくてはいけない。今の日本の音楽家は社会に出したら、片端だ。
  • 自分はジャズを聞いている。クラシックは退屈なのが多いが。クラシックを聞いていると、自分が弾いているような気がして疲れる。ジャズなら雑音の入ったぐらいの50 年代位のものが好きだ。聞き流せる。
  • そうしたら、何でクラシックをやっているのかと聞くと、1年に1回か2回、音楽やっていてよかったなあと思う時がある。「涙出ますねえ」そのときの為にやっている。一度それを感じたら病みつきになる。しかし、プロになると、1年に何百回と同じことをするわけで、たった1回の為、何で俺はこんなことせなならんのやろ、とか、因果な商売やなあと思うようになる。
  • 大沢さんについては、(プロになったら、好きでなくなると言う人がいると話した)不幸ですね、と言い、因果な商売やしお金もうからんし、取り柄ありませんわ。
  • オーボエを吹いていると、音が額に突き刺さりハゲになる。大概のオーボエ奏者はハゲである。僕もそのうちめくらになるんではないかと心配している。
  • ピアノはわがままである。一人でやってればいいわけだから。
  • ピアノやバイオリンは小さい頃からやらされていないとうまくならないのだが、管楽器はある程度身体が発育してからでないと吹けないので、物心ついてから自分は前トランペットで今オーボエ
  • 日本の音楽学校は、花嫁学校みたいなもので、一応、技術は教えてくれるが、ドイツでは心を教える。心とは音楽をする雰囲気である。音楽は一番最後のものだ。(芸術は皆)なくても暮らせる。けれども自然の中に人間が住んでいると、音楽が欲しくなる。
  • 入るオーケストラによって人生が違う。オケに入るのは焦らん方がいい。若い時の修行は年取ってから大きな差になって表れてくる。ぐんと違う。自分は入ろうと思えば(山ほどオケがあるので)いつでも入れるけれども、もう少し磨いてからと思っている。二流~三流のオケに入ると暗い人生を歩まなあかん。日本人でも結構そういう人はいるが、年取ってくるといろいろ思って、日本へ帰りたくなったりする。
  • 彼は妹さんの結婚式で、仲間を集めてオーケストラを組んで演奏して餞けとするつもりだそうだ。

 

  こんな話をしたのだが書いているうちに徐々に話の順序がパズルのように見えて来た。

 

  この人にはクラシックのレコードの推薦版を聞いたら、紙にきっちりと楽器別演奏家とオーケストラの名前を国名入りでPIAの袋に書いてくれた。マニラの手前で、日が昇りかける朝焼けを見て、余っているフィルムはないかと聞いた。薫が撮って送ってあげると言った。

 

  東京まで一服。途中食事1回。無事着陸。機内で「良い演奏家になってください」と握手をして別れを告げた。(演奏会の案内を送ってあげるとのこと)スチュワーデスの写真を撮って最後に機を離れる。

  新しく記入した入国カードを出すと、前に記入した写しのカードに記入して出せばいいと言う。しばらく待ってバックパックを受け取る。くるみのは黒いオイル汚れが随分ついていた。その足で税関前の長い列に加わる。申告用紙に名前など書いたが必要なし。人間ができたような係員を選んだが、実際笑って聞き出した。「何ヶ月行っていたのか」と聞かれたので「5ヶ月です」と答えると、パスポートをめくって「ああ、920日からですか、長いですね。何やってたんですか、そんな長い間。」と言った。「観光を兼ねて料理の勉強を」「酒は何本ですか」「2本です、ここに入ってるんですけど、出しましょうか」「土産物は高いものないですね」「ええ、2500円のセラミカとか」くるみがバックパックを開けて見せたが、中を覗かなかった。「はい、いいですよ」この列左手端には、動・植物検疫所があった。(のちの話だが、ここにハムなど提出すると検疫ではなく没収されるという。)

 

  山のような荷物を押して、成田の到着出口を出る。向こうには見知らぬ日本人のおばさんたちが心配そうにこちらを見やっていた。黄色人種の中に入っていく−−−−−