今日は宿を変わる。予定より30分ほど遅れて、この間1100pesetasでbano(風呂)付き
と聞いた宿、LORENZOを訪ねた。しかし、念の為、値段を聞くと1300pesetasの部屋が一番
安い部屋だと言う。今日1日やる事が詰まっている上、時間も惜しいのでもう、いいや、と決める。1200の候補があったのだが、決めかねたのだった。よくよく値段の確認は直前でもしないと、油断ならない。
ベッドメーキング掃除も終わっていないので、荷物を置いたまま2時に戻ると言って宿を出た。
ここの受付嬢は英語を全く解さず、簡単な言葉でもなかなか通じにくい。宿の階下のバールで朝食をとるつもりだったが、立て込んでいる上、店の主人が突然消えたので、断って店を出た。
もうそろそろスペイン通貨が無くなりかけているので、両替率のよいというBANCO DE ESPANAに行き、400ドルをペセタに換える。この辺りは大銀行が多く、このスペイン銀行も
堂々たる厳しい建物だった。面白いことに表通りには玄関がなく、ぐるりと半周ほどした
裏通りの角に出入り口があるのだった。カウンターの中で事務をしている行員達は心なしか
年寄りが多い気がした。日本での住所、マドリッドでの滞在先を聞かれ、CAMBIO(両替)の
札をもらった。
窓口にゆき、カウンターにあるガラス戸とガラス戸の間にパスポート、両替札を置くと、
小さな自動ドアになっていて、外側のガラス戸がジーっと閉まる。ガラス越しに金をさっさと
勘定してみせ、内側の戸を閉めてから、また、ジーっと開ける。大した用心振りだ。さすが
お札を印刷している銀行だけあって、5000pesetas、100pesetas札は全てピンピン札。
銀貨も真新しいものだった。手数料は0、2%と低い。BANK横のカフェテリアにて
ミックスサンドウィッチとミルク入り珈琲を食す。旨し。お腹を満たしたあと、国立
考古学博物館へ。
ここは生徒達が多勢バスで繰り込んで来ていて、何処も生徒だらけで参った。
モザイク壁画、床などあったが、このモザイクアートは退屈だった。やはりイスラム模様の方が緻密で面白い。緑と焦げ茶に仕上がる身の丈ほどの焼き物が素晴らしい。
地図室という所で版画の複製を売っているというので館員を掴まえて聞くも全く英語を解さず。
地下にあるアルタミラの洞窟壁画の複製は凸凹の天井に赤い牛があちこちに描かれてあるが、照明がオレンジ色の淡い光だけなのでよく見えない。中央の連なっている椅子に寝そべってみないとよく見えない。ここも小中学生で混み合いキャーキャー騒いでいるので早々に退散。
次はゲルニカ。プラド美術館とは少し離れた敷地に独立して建っている。
中にはゲルニカを描き上げるまでの下絵(composition)や、ペン画、数枚の油絵。
ゲルニカはくるみの想像以上に大作で、ガラスの向こうに安置されていた。ペン画も相変わらず上手いと感じた。土産物には良いものなし。プラドのもう一枚残りの券を消化するため、
美術館に向かう。肖像画が多く退屈。小さな部屋割りで係員がじろじろ見るのも気詰まり。
ただし、女性の裸体を描いたものは非常に艶かしくリアルなタッチだった。
午前中の予定が早く済んだので、turismoへ。入っていって地図とポスターをもらおうとしたが、ここの女の人が早口の英語で、ここはドイツ人の為のturismoで英語のは置いてませんと素っ気なく言った。
昼食の場所を捜しに歩く。周辺には安い店なく、思い出して馬徳里の通りにゆく。
いくつか安い店あり。一軒は325pesetasのMENUを食べさせる店。もうひとつは
125pesetasパン付きのセットメニューの店。さらには店頭に魚やら肉やらを飾った
MENU300pesetasの店。どこも大抵一本フォークの印である。
安い割に旨い(しかし愛想の悪い)馬徳里に頼りそうになる心を抑えて、ふたりで
店選びをする。セットメニュー(plato combinato)の店は安いが、内容に少々問題が
ありそう。安いところはそれなりの理由があって、卵料理やレバーステーキ、チキンといった
ボリュームのないものがほとんどのようである。
300pesetasの店は店頭の肉や魚が却って逆効果で、料理が旨くなさそうな様子を想像させる。
結局、325pesetasの店へ恐る恐る踏み込む。奥の方はもう食事を始めている人たちもいて、店内は気さくに清潔にまとめられている。ほっと。
薫はメインディッシュの意味が分からなかったが、コースになったmenuを注文。
くるみはマカロネスとニンニク鶏、それに最近酒浸りなのでミネラルウォーターを。
薫のsopa de fideosは以前、くるみがLa vegaで食べたことのある細いパスタ入り塩バター味
スープ。旨いと呟く。第二段階、突破。マカロネスはミートソースまぶしの甘めだが上品な
味付け。良い調子だ。セットメニューについたワインは、まあまあ、漬物風味の酸っぱいの
よりはまし。セコンドは薫のが、ミートボール・イエローソース掛け?。正体わからず。くるみのは、ニンニク風味の鳥の唐揚げ。揚がりもよく、腹を空かせた薫にお恵みを与えた。
postre(食後の)はやや大きく色艶の良いオレンジがナイフ、フォークを従えて登場。
薫のセットメニュー325pesetas、macarones con tomate 80pesetas、半分の鶏の揚げ物160pesetas、ミネラルウォーター4分の1 35pesetas、pan15pesetas,cafe con leche50
pesetasで計665pesetas。テーブルで勘定せずに奥まで歩いて行って払ったので、皆に
見られた。ひどいよ、くるみがいつもかっこ悪い役なんだもん。
宿に一旦戻る。いちいちベルを押して開けてもらわねばならないのは不便。居候のようだ。
ほげーっとしていると、3時半になったので今日のメインイベントたる王宮(Palacio
Real)へ向かう。意外にも王宮は地味な建物に見え、そのかわり、ひどく宏壮である。
衛兵に入り口を教えてもらい、入るが15分待てと云う。ここはどうも自由観覧ではなく
館員が引率して説明するようだ。
しばらく待つと、アナウンスが響き、英語組付きの女の人が先頭に立った。この人は
黒い癖のない髪をピチッと真ん中から分け、暗色の帽子の中にきちんとまとめて、ピンで留めている。黒い真面目そうな革靴を履き、帽子と同色の制服に身を固めている。
彼女のスペインなまりの英語は淡々としかしかなり早く抑揚もない。最初は一生懸命耳を
そば立てていたが、年代と人名くらいしか分からぬので、仕舞いには聞き流して自分の
好きなところを見ていた。
ここは大理石をふんだんに使い、シャンデリアは水晶で出来ており、各部屋ごとにデザインが違うという贅沢さ。タピストリーも数多くあったが、あまりの説明の速さに十分見られず。
しかし、抽象紋様でなく、人物や果物を描いた古めかしいもので、あまり興味は湧かない。
鏡の部屋、時計の部屋、陶器の部屋と続いていたが、時計の部屋の全ての時計がぴっちりと
同時刻を指しているのは驚いた。鏡の部屋のシャンデリアには、鏡片が使ってある。
中国の絹、フランスの椅子、イタリアの絵画、スペインの絨毯と贅を尽くして豪華絢爛だが、
薫に言わせると、趣味が悪いということだ。金ピカ趣味ではある。価値観趣味の相違という所か。
このあと、次々に券をちぎられて(1セット3枚)美術館、図書室、メダルの展示室等を
引っ張り回される。混んでいる上、説明も十分わからず退屈したが、大枚をはたいたか
と思うと、おろそかには出来ず、一応デンをついて回った。薫は本当に大理石の柱にデンをついていた。馬鹿だ。
うろちょろと小うるさくせわしないスペイン娘たちに閉口しながら、やっと
見終えた。
風の吹き抜ける王宮の広場で、セゴビアで会った日本人団体客にまた会った。あの
ちっちゃいおばちゃんに見覚えがある。宿に戻り、一服。
夕食は昼間行ったNUEVO BARCOへ。昼のおじさんが食べており見覚えがあった
ソパ・カスティーリャ(カスティーリャ風スープ)ふたつと、fillet de ternera,
fillet de veca con champinionにする。ワインはボトルで。夕刻は我々が一番乗りで、前と
同じ席を占めた。ボーイは相変わらず愛想がよい。ずいぶん店によって違うものだ。気をつけないといけない。
sopa castillaは玉ねぎとニンニク味のスープで、少しトマトが効いているのかオレンジ色をしている。これに生卵を落とし、ちぎりパンをたくさん浮かべて、厚手の熱々の器に盛って
出される。たいへん体の温まるスープだ。塩気が少し強く、微妙な香りが消えてしまうのは
勿体ない。刻みニンニクの香りが口中に拡がるのは何とも言えない。
fillet de terneraには、ガルニ、付け合せでフライドポテトがついた。シャンピニオンは旨い。
肉はどこでもそうだが、イマイチ工夫が欲しいところ。肉の質がいいからあまり努力しないのかな。
薫は足りないらしく、macaronesを頼む。ワインがおいしい。postre,食後のデザートは?と聞かれたが、finiおしまいと答えた。850pesetas払って、愛想のいいボーイに見送られ
店を出る。薫は部屋で洗濯を、くるみは書き物。
今日は珍しくくるみを助けようとGパンの洗濯をしているのだった。
垢を落として、静かに眠ろう。