Casa Mila 散策 1月24日月曜日

 まいったなあ。また9:30に起床のハメとなった。弁当のソーセージサラダサンドを作り、CCLも水筒に入れて、朝食を済ませた我々はアパートを出た。Passaig de Graciaで降り、通い慣れたIBERIA航空の扉を押して入る。カードを取ってまる間も無くブザーが鳴り、我々の「86」という数字が呼出番号に出た。カウンターを見ると、またいつものすけべおじさんが空いたところだった。こまったなあ。くるみはこのおっさんである限り、いつまで経っても飛行機がとれそうにない不吉な予感がしたので見回すと、最初来た時時刻表を貸してくれたおばさんもちょうど空いたところだった。

 あっちのがいいなあと思い乍ら立ち尽くしていると、おっさんに「186」と呼ばれ、机を叩いて催促されたので二人とも仕方なく席に着いた。にこにこと挨拶を交わしたのち、コンピュータに向かったおっさんは少しすると眉を曇らせた。「カンセー」という。我々はOKになったのかと思い(Canselがあったのだと思ったわけだ)、わあ、と喜んで身を乗り出した。手続きをするためなのか、切符を見せろと言うので券を差し出し、手帳も見せて住所を示した。が、しばらくするとおさんは時刻表を調べ直して、またコンピュータに向かい何かを打ち込んでいる様子。薫が見ていると、33()の便なのに、③(水曜の意)の項を一生懸命見ていたらしい。「ああ、おれ、ほんとに心配になってきたよ」と薫はへたと椅子に座り込みながら溜息まじりの声を出した。そうれ見たことか!だからフランクフルトだの何だのと言わずに素直にパリカラチ東京路線の便が取れることを祈るべきだったのだ。我々がOKだと思っていたのは実は間違いで、我々の先の予約をCanselし、違うPlaninputしたということらしいのだ。また明日来い、という。

 

 本当に我々はちゃんと日本に帰れるのだろうか不安になってきた。二人とも足取り重く、IBERIA航空を出た。何とかしてよ。しっかりしてよ、おっさん。さすがの薫も相当参ったらしく、あのすけべで仕事のできないおっさんには頭に来ているようだった。何とか他の方策はないものか。このとき11:25。時間があるので、歩いてGaudiCasa BatlloCasa Milaに行くことにする。Casa BatlloPg.de.Graci43にあり、ビルとビルに挟まれた建物で一階は店舗に使われている。この間たしかここを通ったときに薫が「これ、ガウディやな。きっとそうやで。」と言っていた建物だ。

 

 入口はわかりにくく探して入ると、守衛のおっさんがいたのでAmigo Gaudiでもらった許可証を見せて上へ上る。階段を上がりきったカウンターの中にはおばちゃんが1人座っていて、差し出した紙切れを受け取り、にこにこと愛想よく部屋へ案内してくれた。部屋は3つで、最初の部屋は暖炉が切ってあり、その横にソファらしきものが置かれている空間がある部屋、次には通りに面した窓に色とりどりの色ガラスを使い、天井に渦を作り、面白い色の電気を配した部屋、最後にもう一部屋。おばちゃんは「スペイン語話せるの?」と聞くので、「un poco」と答えるとますます愛想がよくなり、我々はゆっくり見たいのに、いろいろ話しかけて急かして回ったので、あまりよく見ることができなかった。残念だ。おまけに部屋の外はいいが、中は写真を撮ってはいけないというのだ。薫はけちんぼだとほざいていた。おばちゃん曰く、この部屋には尖った角というものはなく、扉のすみもはめこみガラスも皆まるくまるくなっているのだと言う。第2の部屋と第3の部屋の仕切りの扉はうねうねとした曲線になっていたのが変わっていた。床も何も綺麗にしてあるので、「muy bonito」と言うと、「私たちが掃除してるのよ」と誇らしげであった。5分といることができず、階段を下った。この建物には、別の人々が事務所にしたりして使っている部屋が幾部屋かまだあるのだが、そこは見ることができない。

 

 別の階段を使ってもう少し上にも上がってみた。途中で階段から見える窓の向こうでおばちゃんが手を振った。屋上には行けず、行き止まりまで行って光線のよく当たっているガウディの扉(木製)を薫が撮っていると、一人の女性が中から出て来た。そして、大勢の人が来て写真を撮るのだといい、去った。彼女が乗ったエスカレーターの扉もガウディ作であったが、「近すぎて撮れない」と薫は不満げに下りて行った。

 

 階下の花植えの彩色基本と、うねうねとした手すりをもう一度眺めたのち、Pg de Gracia92にあるCasa Mila“La Pedrera”に向かう。これは絵葉書にもよく出てくる有名な建物で、コーナーを使って実に豪快にガウディ建築が居座っている。入口の扉にも大きなガラスをはめこみ、得意の黒鉄の飾りがついている。守衛のおっさんに言われて、少し上がったところの小さい扉を押して中で待ったが、ここの人は忙しいらしく、言いつけられて守衛のおっさんが屋上まで案内してくれた。どうも階上はResidenciaになっているらしく、我々は更に扉を抜けて暗い螺旋階段を上っていくと木の扉があって、そこが屋上だった。おっさんが引き返したので心置き無くあちこち見て回ることにした。これも絵葉書によく出てくるところで奇妙な形をした一見人に見えるものが屋上のあちこちにいくつも立っているのだった。またここはうねうねとした起伏が作ってあるので、人が歩くためにあちらこちらに階段がある。よそ見をして歩くと、つんのめって転びそうで、くるみは恐れた。周りの囲いもうねうねとしており、ここには手すりも何もないので落ちたら最後だと思うと足がすくんだ。ここの建物は真ん中が中庭風に吹き抜けになっていて、そこから明かりが取れる仕組みになっており、その周りに火星人のような作り物がにょきにょきと立っているのだった。これはよく見ると通風口で、なあるほど思い出してみると通風口(煙突)というのは火星人に似ている。白くて大きいのや茶色いひとかたまりの群団があり、絵を描いているうちに同じように見える中にもそれぞれ少しずつ違った点があるのに気づいた。心臓があるのがいたりもした。薫はあちこち飛び回って写真を撮り、くるみは写生をした。一通り見終えたところで少々(56)時間があるので、座って弁当を食べることにした。ソーセージサラダサンドとCCL。陽の当たる屋上で誰にもがやがや言われることなく、ゆっくり食事するのはいいものだ。

 

  向こうの方に少し霞んでサグラダファミリアが行儀よく並んで見えた。階下に下り、また新しい局面を発見したらしく薫がパチパチと撮りまくった。もう一度見直すと、壁や天井の絵や色が面白い。どう面白いかというと、階段の横の壁に天井を支えるような柱の絵が描かれてあったり、人物の壁画らしきものがあったりするが、それが悉く違う色、あるいは混ぜ絵の具で上から塗り潰したようになっているのだ。これが何色とも言えぬ混じり具合で徐々に色が変化していき、これらで天井が覆われているのだから。階段の手すりの脇には草花を植える鉢が作り付けになっていた。どうもくるみの見るところでは、ガウディは吹き抜けの中庭と植物が好きらしい。ビルディング(雑居住宅)でありながら、一戸建ての条件をも取り入れたような、そんな造りに思える。もっともガウディ本人はそんなこと考えて作ったのではないかもしれないが。とにかく見終えた二人は表に出た。しかし、薫はなお且つ外観を撮りまくり、くるみがよそ見をしている間にどこかへ行ってしまった。しばらくすると戻って来たが。我々の他にもこの建物に見入っている日本人青年が1名いた。彼は片手に案内書らしき紙を持ち、建物の前に離れて立って、ひとつひとつ確かめているかのようだった。そういえば、この頃街でよく日本人を見かけるようになった。先ほどのCasa Batlloでも三脚を担いだ日本人青年1名と連れの女性1名を見たし。Amigo Gaudiの来客帳にもいくつかの日本名を見つけた。もうそろそろ大学の授業も終わり、一足先に外国旅行に訪れた人々だろうか。12月などは殆どと言っていいくらい見かけなかったのに。

 

  飛行機のことを除けば、2つのCasa見学もスムーズにゆき、気を良くした二人はあと一つの課題を片付けなければならなかった。前々よりおかしかったラジカセがついに壊れたのだった。テープをかけると次第に音が小さくなってゆくのだ。この間のフラメンコのカセットの間延びした音といい、度重なる変調についにたまりかねた薫は、店に掛け合うというのだった。MATASのあるReina Cristina通りに向かう。途中、BarCCLを飲み、古本屋で本2冊を購入。一冊はGaudi建築の本で、もう一冊はセラミックの本。どちらもカラー写真がふんだんな割に安い。土産物屋や先週行ったカタルーニャ美術館に置いてあるのと同じ物で、1/4位の値段で大層お買い得だ。「これで読む本ができた」と薫は喜ぶ。店の開く4:00までに時間があるので近くの公園のベンチにて休息。隣のアベックは大欄にもこの昼間からよからぬ行いをしていたらしい。ここにも鳩がほっつき歩いている。またおを広げて愛情表現をしているのがいるが、こんな暖かいバルセロナでは鳩だけでなく人間も発情期が早いらしい。ぼんやり座っていたら、MATAS隣のシャンパン屋の兄ちゃん2人が歩いて来た。二人とも店で見るより、ずっとおしゃれしている。髪のさらっとした青年の方は白いズボンに白っぽいセーターを来てジャケットを羽織っている。もう一人の少しパーマのあたった青年は上下ともベージュの濃淡でキメていた。見るからに好青年というかんじ。これから勤めに出るのかな。少ししてから通りへ行ったが、どこの店もまだ開く様子がないので、シャンパン屋でROSADO1杯ずつ飲む。

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ピンク色のシャンパンがバカ売れするカウンター売りの酒屋


  店内が寒いせいか胃に染み渡るようだ。シャンパンボトルを買おうと思ったが、4時からというのでやめ、店が開くまで辺りを一周し、前で待った。こちらに向かう途中会ったヒターノの二人連れ(一人は太ったおばさん)はまたも手に持ったカーネーションの花束を突き出した。首を振って断る。どうしてか知らないが、ヒターノの人達というのは、金をせびるにしても花を売りつけるにしても、態度が勝ち誇ったように見える。先ほどもとんとんと肩を叩かれて振り向くと、この太ったおばはんがいて花を突き出したが、くるみがNOと断っても、洋服のどこかに挿そうとして止めないので困った。もちろん断り続けたが、薫によると、こういうときNO言ってはいけないのだそうだ。黙って首を振るだけでモロッコ以外の土地ではたいてい通用するという。この教えに従ってくるみもやってみたわけだった。他にもヒターノのような顔つきをした青年が店の前をふらふらと行ったり来たりしていた。どこの店もぼちぼちと開き始めているのに、我々が待っているJEWEL COLORだけが開かない。けしからん、と思っていると、急ぎ足で近寄って来た女性がシャッターを足で蹴った。中からシャッターが開き、青年が顔を出した。店が開いたので早速中に入り、くるみがラジカセを出して、しどろもどろに説明を試みた。並べた単語は4つ。「Nosotros,Comporada,Esto,Aqui」しかしこの不十分な説明にも関わらず、かの女性は了解したようだった。中を開けて、ライター用の液をつけて拭いた。香水でもいいとくるみの腕にシュッと振りかけてみたりもした。しかし、まだ音は小さくくすんだままだったので、「primero grande」といって他のもきかせてくれるよう頼んだ。同じ、ボリューム52つを聞き比べた彼女は「ああ」と頷いて、何も言い出さぬうちに新しいのと取り替えてくれた。中に入った電池6個を替えることを忘れずに。やはりどこでも鋭い人は鋭い、と薫はまたつぶやいていた。彼女はきっと店の主にちがいない、と薫は続ける。他の人が遅れて来た時も「何やってんの、もう4時すぎてるでしょ」と強い口調で言っていた、という。我々のラジカセも、あの店で買ったという証明は何もないし(領収書をなくしたので)取り替えられぬ、とすげなく断られたら、苦手のスペイン語、取りつく島もなかっただろう。それなのに、黙っていてもこちらの意を汲み取り、何も言わずにさっと新品と取り替えるなんてずいぶん度量の広い人だ。あまりにもあっけなく用事が済んだのと面倒なことが一つ片付いたのとが混ざり合ってぼうとして、Metro駅に向かう。(あ、先ほど本を買ったと言ったが本を買ったのはこのときであった。)

 

  途中で、よいカーテン生地を見つけたので、中に入る。これはポリエステル80% コットン20%の薄く灰色がかった水色の地に白ですっすっとした草が涼しげに描かれたもの。160cm幅でメートルあたり780ptsとやや高。良いが、品質のこと(ポリエステルが多いとほこりがつきやすくないか)と、部屋との釣り合いを考えてまた次回へ。なかなかスパッと決まらぬものだ。Metro駅のエスカレータは故障しており、人々が階段を塊になって上って来た。しかし髪の色が違うので、日本のように黒い塊にならない。それにしてもよくエスカレータは故障するらしい。スペインの得意技なんだ!と薫が横で失敬なことを口にする。しかし、確かにその感は募るばかり。部屋の排水といい、ラジオといい、その他もろもろ、よくあちこち壊れているではないか。AlfonsoXのも通行止の鎖が吊るしてあった。アパートに帰り、勢いをかってヒゲのお兄ちゃんに台所のことを申し出る。ここでも単語主義。「Cocina,Avenida,Agua」よくあることらしくすぐに了解され、「Labavo?Cocina?」と確認された。しかし、どうもここのおっさんに言わねばダメらしいことがわかった。彼の名前はジョルディ。こちらも名を名乗ると言いにくそうに繰り返してから、この間電話があったときもよくわからなかったが日本人というのですぐつないだと話した。一見も優しそうな人だが、ちかづいてよく見るともっと人の良さそうな人だった。

 

 部屋に戻り、カレーの残りとパンの残り。その後、正調カルボナーラを作り、夕食とする。デザートはフルーツサラダを平らげる。正調カルボナーラの違うところ(正調たるところ)は玉ねぎみじん切りとベーコンをバターで炒めるところと、そこにVinoを注ぐところ、パセリを入れるところなど。電熱器のせいかスパゲティは柔くなりすぎ、薫担当のベーコン玉ねぎ炒めもVinoをどのくらい入れるのか、又、どのくらい炒めるのかわからぬということで曖昧になり、結局的にはいさぎの良い感じが失われてしまった。本物はどうなのか知るためには、pastaの本を訳さねばならぬ。久しぶりに外に出たせいか、いろいろ書くこと、気づくことがたくさんありすぎて困る。書き落としがあったら、また思い出した時点で書くことにして今日はこの辺でやめておこう。もう眠いので。(実は、くるみは昨夜コンタクトを取り忘れてしたまま眠り、朝はめようと思ってケースの中を見たらないので気がついたのだった。そういうわけで、気分的にか眼が痛いような気がするのだ。今はメガネで描いている。) もう寝たいと思うのだが、薫は書いてーと言ってきかぬので、いまひとつだけ付け加える。

  • Gaudiの造ったものの入場料がどれもタダかとても安い料金で入れるということが面白い。

おやすみ。