クリスマス明け ランブラス界隈 12月26日 日曜

  通りには昨日の3倍くらい人通りがある。早起きするつもりだったが、くるみが嫌だと云うもんで、12時近くまでベッドでゴロゴロしていた。朝食も兼ねてレストラン探しに出かける。Museo Picassoを経て、ランブラス通りに向かったが、値段表のない店やら、高そうなのがあるだけで、うまく見つからない。

 

 ランブラスからまた東に入ったところ、教会の前で賛美歌の様な宗教音楽が聞こえて来た。

テープかと思うと、人垣の中で、皮ジャンパーをはおった青年がGパンに手を突っ込んで、大きな透き通る声で歌っていた。女性コーラスと伴奏は、音の悪いカセットテープから流れている。これは皆の気分にマッチしているのか、歌の上手いせいか、小さな木の箱にいっぱい銀貨や札が投げ込まれていた。人混みを抜けて通りを登ると、細い通りにマンドリンやギターの楽隊が指揮者付きで演奏していた。ここにも人だかりが出来ていた。

 

  いったん、ランブラス通りから宿に戻りかけた時、レイバンを掛けた男ひとりがもう1人の連れを

伴って我々とすれ違った。その時、”んん!”という顔でサングラスの奥から見ていたようなので、絡みかな、と思い、通り過ぎてから後ろを振り返った。すると、向こうもこちらを見ていたので、嫌な気がした。

そのまま、楽隊の脇を通り抜け、、薫はカバンをくるみに預け、前の方に出て行って一枚写真を撮った。くるみは自分のと薫の鞄を両方、肩にさげ横のくぼみで待っていたが、ポルトガルでのことを思い出し、薫のところに行こうとした。(ポルトガルで、くるみが別のところで待っていたら、薫の周りをガキが囲み、ものを取ろうとした事。)

  その時、水色のダウンジャケットを着た男が写真を撮っている薫のすぐ真後ろに行ったので、嫌な男だなと思った。薫はすぐに撮り終え、ふたり連れ立って先へ進もうとした。ちょうどその時、前から車が人混みを押し除ける様に進んできたので、ただでさえ狭い道なのに、絵を売るために店を広げてなお狭くなった道に押しやられた。そのとき一瞬誰かに少し押されたような気がし、くるみの視野の中に、水色のジャケットと、手から少しはみ出した黒い四角い

サイフのようなものが入った。こんな混んでいるところでサイフを出すなんて変だなと何となく思い、すぐ自分のバックを見たら、脇の小物入れのチャックが全部空いていた。急いで中を見ると、朝仕舞ったはずの時計付き計算機がなくなっていた。探したが何処にもなかった。

  ”薫!!バッグがあいてた!時計がないよ”、と切羽詰まった様子で言った。薫は、”おまえ、ホントに入れたんか、置いて来てないか?”と言い、どう考えても持って来たようだし、

出した覚えもないので、”持ってきたはずなんよ”と答えた。すると、”盗まれたんか!どいつだと思う?”と聞いて来たので、確信はなかったが先ほどから胡散臭い様の水色のジャケットの男を指した。聞いてみろ、と言うが言葉は通じないし、少したじろぎ後ろ姿を見送っていたら、

”とにかくついてけ!”ときっぱり言うので、これ以外手掛かりがないので、ここで見逃したら

ダメだと思ったのか、まだゆるゆると歩いてゆく水色のジャケットを追った。

 

  この男は歩きながら小銭を手にいっぱい持ち、じゃらじゃらと数えて夢中になっているふうだった。この同じ時、薫がまわりを見渡すと、レイバンの男がこちらを見ているのが分かった。どうも擦った奴とグルではないかな、という電気が走った。奴はさておき、くるみの後につき、水色のジャケットの男を追いかけた。

  くるみは斜め後について歩きながら、男のポケットの辺りをにらみ、顔を見たりなどして様子を伺った。そのうち、じわじわと距離を詰めて、ほとんど横並びに歩きながら、じっと見つめたままでいた。男は気付く風もなく歩いていたので、これはおかしいな、ふつうの人だったら怪訝に思うだろうに、と思っていた。追いついてきた薫が”聞いてみろよ、”と言うので、

”perdon"と声を掛けた。男は立ち止まったが、くるみが、”my watch!!"と言って手で四角を

作ってみせると、”むう〜?”というひどく怪訝な顔付きをした。ただ、my watchとだけ言ったのに、こんな急に顔付きが変わるなんて、こいつ何か知ってるな、と思った。怪しい。

薫も一緒になって、”watch,watch"と言い、手で四角を作って見せたが、やはり奴は、むう〜?と云う顔のまま何も言わない。仕方ないので、”my watch,you!!"と言いながら、バッグから取る真似をして、YOU!YOU!と激しく気迫のこもった調子で言った。薫の目には、スレた

スケバンのようにも見えた。すると、男は下に落ちているものを拾う真似をして何か言ったので、此奴!!と思い、持ってるなと確信した。薫もその時そう思ったか、”ええ加減にしろよ!!”と怒鳴った。男はしばらく薫を見ていたが、ポケットから電卓を取り出して見せた。

薫はすばやく奪い取り、くるみに開いて見せ、渡した。薫が、”なめんなよ!!”と怒鳴ったので、男は少し茫然と立っていたが、すぐ気を取り直して歩いて去った。その背中に、又叫んだ。なめんなよ、がこだました。道行く人たちが我々を避けて、何事か、と見ていた。

 

  やや興奮しながらランブラスと反対の方向に戻っていった。しばらく行くと、三叉路に

なったところで大勢の足を止めて、ヒターノが見せ物芸的に力強いトランペットを吹き、太鼓を打ち鳴らし、山羊の曲芸を見せていた。ペットの男がもう中年でかなりがっしりした体の持ち主だったので、フェリーニの映画、LA strada(邦題、道)を思い出した。ヒターノはアメリカインディアンのようにうす茶色い顔色をしている。ちなみに日本人は黄色いことになっている。

 我々が少し見ていると、ヒターノの女性が笊を人人の鼻面に突きつけるように金を集めに来た。くるみが嫌がって立ち去ろうとした時、ちょうどヤギが踏み台の天辺に登るところだった。人の流れに沿ってゆくと、El corte Ingresの方に出た。

 前の広場ではテントで大きな催し場が立方体に作られており、そのまわりに椅子が並べられていた。たしか、operaと書いてあった。陽射しが暖かく一服しようかと思ったが、くるみが金を盗られるのを恐れたので、止した。

 

  ランブラス通りから西に折れた通りで、pizzaを食べる。ナポレオン通りという名の店で、

小綺麗で高めだが、ボーイの目付きが良くない。品性が悪い気がした。薫はシャンピニオン

載ったの、くるみはvegetalesというの、これに水。カウンター席とテーブル席があり、値段にも差があるのだが、ほとんどが高い方の、テーブル席に掛けていた。カウンター席に坐りながら、何とはなしに差別という事を考えた。くるみによると、ピザ台はあまり良くないが、薫は上物はまあまあかな。

 

  これまで来た道を引き返しながら、3時前の散歩。もう、人々はどこかに引き揚げて、路地に人は少ない。ランブラス通りまで出ると流石に人多く、どうもカタルーニャ中心部に

向かっている人の方が多いようだ。眼のすぐ右手前に目付きの悪い青年が見えたので、後ろを

見ると、柄の悪そうな小僧が歩いていた。どうもサンドイッチにされそうなので、口笛を吹いて早足に歩くと、気付いたのか小僧が横並びになって口笛を吹いた。しばらくすると、諦めたのか、去っていった。

 

  海岸沿いの道を戻る時、又カセットレコーダーを抱いたケッタイな例の婆さんに会った。なぜか、今日はしょんぼりと眼を伏せたまま、普通の足取りで歩いていた。

 

  ペンション・マタスに帰り、休憩。ここで日記が現実に追いついた。あれっ、感心なことに、シーツも毛布カバーも枕カバーも新しくなり、ベッドメイキングがされていた。

 

  6時前に宿を出る。ちょっと前に隣室の人が通りに出て、右に曲がったのを三階から覗いていた。我々もレストラン探しに地中海の方角に歩く。意外にも、terminoとは別の、RENFEを過ぎると、Barやレストランがいくつも並んでいた。一旦、街外れまで歩き、引き返したところで眼をつけていたGAMBA屋さん(焼き海老屋だ)に入る。ひときわ、賑やかな看板照明が灯っており、1、2、3とチェーン店が並んでいる。1番は満員で、2番に入る。実は、この辺りは海産物を扱ったレストランが多いのだが、値もはるのでビビりながら入ったのであった。心中、cerveza(ビール)2杯となにか安いものを取ろうと決めていた。一歩入ると、

意外に庶民的な造りで、客たちはクリスマスだから、ここぞとばかり入ってみましたという雰囲気の家族連れが多い気がした。一品は、GAMBA(海老)を頼む。周りもみな、GAMBAを食べている。GAMBAとは焼き海老で、焼いてからオリーブオイルとにんにくと、パセリのみじん切りのタレをかけていたようだ。ここの人気料理なのだろう。一皿が大きい。席を占めた時からこちらをチラチラ見ている家族がある。顔を突き出す様に、代わり番子で見ていた。薫の

向かいの娘は何度も薫の方を振り返り、何かしら話して父親から怒られていた。ひょっとすると、海老を丸ごと食べる日本人の悪口を言っていたのかなああ。ここの人たちは海老の殻を

すっかり剥いてから食べている。店のボーイは分け隔てしないようだ。海老を触っていると、

手が脂まみれになるので、紙ナプキンをいっぱい使ってしまう。味はとても新鮮で旨し。

もう少しカリッとしている方がベターだが、くるみはカリッと感じたそうだ。

  海老は、6センチ位のが50尾ほど山盛りで来た。ビールその他はやや高いので、これだけで切り上げる。

 

  店を出て少し歩くと、同じ様なイケそうな店も見つけた。腹が物足りないので最初に見つけた洒落たBARに入る。皆、逆三角錐のグラスで、CERVEZA(ビール)を飲んでいる。我々もCERVEZAと、フランクフルト入りのボカディージョふたつ。ボカディージョは、しっかりしたパンを縦半分に切ってから広げて中をバター焼きにし、ふたつに切ったフランクフルトを挟み、モスタッサ(マスタード)をつけたもの。くるみによると、フランクフルトの質はもうひとつ。CERVEZAは、おそらく生ビールで泡の肌理が細かく、かなり旨し。メーカー名は、

VOLL DAMM。

  この店はカウンターを中心に細長い造りになっており、端にゆくと、少し広くなって

二、三のテーブル席がある。カウンターの向かい棚には、ドイツ風の陶製ジョッキがたくさん

飾られ、重要なアクセントになっている。旨いビールを出す店をアピールしている。ボーイの制服は洒落ていて、白い厚手の綿のコック服のボタンをはだけて、ボタンは金ボタンで、肩口には、ナポレオンのように肩章がついている。肩章は濃いグレーの縄編みで全体に水兵の印象を与えるようにしているようだ。これがこざっぱりして見える。若いボーイは渋いブルーの肩章だった。感じがいいので、目の前のポテトツナサラダひとつ、CERVEZA一杯追加。

小さく三角な揚げた食パンがサラダに突き刺さって出て来た。茹で卵は、針金を編んで籠に

入れられており、何かとムード作りに凝った店だ。その分、値もやや高い。

 お勘定と言うと、ちゃんと紙切れに数字を並記して見せてくれた。明朗会計なり。

ここでは水色の上っ張りを着たおばさんがレジを打っていて、とてもぼるという気配はない。

ちゃんとレシートも来た。ところで、真ん中の立派な髭のおじさんは主人だったのかなあ。

新しい通りを発見していい気分になりながら、家路を辿る。おそらく、11時頃消灯。