南スペイン カダケス漁村へ 2月10日木曜日

  くるみ6:45のベルにて起床、ハンバーグを焼く。薫は仲々目を覚まさずもそもそと寝返りをうっていた。しばらくして起床。外は闇。パンを買いに丁稚のように使い走り。パン屋は6時から空いているということで、7時すぎにはもう客が3人来ていた。売り子は白髪でちょっと顔面神経症気味のおばさん一人。このおばさんは、くるみにとっては愛想が良く感じるらしいが、最近労使紛争でもあるのか随分疲れた表情をしていた。時間がないので、めいっぱい急いでサンドイッチ作り、朝食をすすめる。おかげで、メシのこなれが悪かった。

 

  最後まで慌てて予定より15分遅れでアパートを出る。Barcelona P.Gに着いたのは、8:25。間に合った。切符を買ってホームで待っていたが、46分を過ぎても列車が来ない。何度も駅員に確認し、待ちくたびれていると、9:20すぎにやっと到着した。8人掛けコンパートメントに2人で座る。ここは4枚のモノクローム写真(スペイン各地の)が飾ってある。特に上手くはないが控えめでよし。しばらくすると、走り出して霜がかかった風景が見え、もっとゆくと雪が降った後のようなので驚いた。バルセロナとはあまり離れていないのに随分気候は違うものだ。途中、隣のコンパートメントから食べかけの大きなパンのかたまりやらガラス瓶を割って投げていた。その他紙くずやらいろいろ飛ばしていたので行儀の悪い人だなと思っていたら、やっぱりあほそうな声を出していた。声にも知性は現れるものだ。

 

  Geronaの前あたりからあまり寒そうな風景は見られなくなった。FiquerasGeronaの次の次(Exprese)。一歩列車を降りると思いの外冷たい空気にさらされ、いっぺんに身体の暖気が飛ぶようだった。皆もそうなのか、駅前やホームにたむろする人は少なく、駅舎の中が人でいっぱいになっていた。駅舎を出てから少年にバス停を聞き、再度近くのおっさんにも。おっさんがついてこいというので、言ったら操車場のようなところにあった。となりの切符販売場にてCadaquesまでのbilleteを購入。1139pts。バスは観光バスのように窓を大きく開けたつくりである。我々の他、12~13人の乗客が乗り込んだ。珍しくアラブ系のおっさんもいた。しばらく田園地帯を走り、観光ずれした港町でUターンしてから山道を登る。ここからCadaquesまでの風景はいい。オリーブの段々畑が山に等高線のような模様をつけている。下には青い海と白い別荘が建った丘陵が見渡せた。山は、日本の山と違って、ごつく、象の足のように見えるが、よく見るとこんな山にもオリーブが生えている。段々畑は、この地方独特の割れると断面が板のように薄くなる石によって作られていたのが珍しかった。この山道は綺麗に舗装されてはいるが、急なカーブがいくつも続き、ガードレールがほとんどないので、カーブを曲がるたびヒヤヒヤとした。が、バスの運転手は手慣れて巧みにハンドルをさばき、ヘアピンカーブのように向こう側が見えぬところでは必ずクラクションを鳴らすという慎重さもあった。

 

  Cadaquesの町の少し手前が終点だった。降りてみると、Fiqueras以上に冷たい風が吹きすさんでいる。落ち着いて宿を探す余裕なく、10分ほど歩いてからHostalにあたり、2軒目のHostal MARINAに決める。CalefactionAqua Calienteのない部屋は1000pts。あるのは1300ptsで、今の時期は1300ptsしかやっていないという。仕方がない。ここはHostal Cristinaという(Hostal)宿の隣にあるが、少し綺麗そうなので選んだ。入口のガラス戸を押すと、右側に大きな素焼きの瓶があり、ところどころに民芸調の趣。右奥を覗くと、そこはレストランになっていて、いくつものテーブルの向こうに本物の暖炉が切られ赤々と燃えていた。(それだから、玄関の方まで木の風呂の匂いがする) 部屋は階段を上り下りした複雑な位置にあり、モロッコPachaを思い出させた。ツインベッド、風呂トイレ付き。

 

  窓を開けると、子供の遊び場が下に見える。ベッドは簡素なつくりだが、頭あて、他カーテンレールなど少し民芸調のものを取り入れてある。こざっぱりしているが、少しちぐはぐなかんじ。バスルームはコンパクトタイプ。昼食のサンドイッチとコーヒーを食べる。ぼそぼそしたキャベツのは1つ残された。デザートにオレンジ1個。気持ちを奮い立てて散歩に出る。入江から見て、Hostalの左奥手にある教会あたりをめぐる。ここは雰囲気があるが、新しい建物(同じような様式だが)があるので、土着的な感じが薄く、どちらかというと、別荘地の洗練が窺われる。ちょうどシエスタだったので店はCERRADO

  この前後に、Apartmentos Cameliesの番号を確認し電話をする。薫は火の点検について気になっていたため。おそらく点検していたのだが、番号はくるみが聞き出し、一度アパートに電話をかけてくれた。しかし、慌て者のおっさんが出てきて、電話の交換と勘違いしたらしい。うまく話が通じぬまま、まあおっさんがいて電話がかかるのだから火事ではないのだろうと考える。もうしばらく歩いたのちもやはり気にかかるので薫が台所の電気点検お願いします、としつこく怒鳴ってなんとか理解してもらったようだった。Senorが帰ってからやるということだったのかもしれないが。Hostal近くに戻り、側のPlazaの海から見て右手の道を進んだところで、良いCeramica屋を見つけた。まともらしい絵皿も豊富に置いている。

 

  あまりに寒いので肩をいからせながら宿に戻る途中、道ゆく女学生に薫がこの近くに旨くて安いレストランはありますか?と聞いた。1人が少し考えてすぐに道をこういったところにあるレストランがいいと教えてくれた。Nombre?(名前は?)とくるみが聞くとアニータ・イ・サリータという。いったん店にゆき、カルテを確認して部屋に帰る。カレファクションが入っていないので、くるみが寒がった。あまりにやることがないので、またHostalを出る。入江から見て右手の半島に歩いてゆく。相当に寒く風強し。前方にアベック2名発見。うす暗くなりかけているので、暖かい色のランタンがもう灯っていた。10分程歩き、海に突き出したコンクリートのボート着き場に降りてみてから、急いで引き返した、水はかなり透明で、くるみによるとフランスの海の色に近い。帰りがけになるほど、ここは雰囲気があるわい、夏は繁盛するだろうと気づいた。レストランの時間を聞いてから宿に戻った。(覚書;昼1時~3/7時半~)くるみが寒がったので添い寝をしてやる。

 

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Anita i Salitaアニタ・イ・サリータ食堂の主人

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アニタ・イ・サリータ主人の料理風景


  8
時頃、レストランにすっとんでゆく。本当にすっとんでいった。風が冷たくて寝起きなので。Dos menu. 薫はsopa de pescado、くるみはcamaloniにする。Sopa de pescadoは銀色の器にたっぷり3杯分入って出てきた。全部薫のものかと聞くと、そうだと言われた。具は白身魚(メルルーサか?)、ムールの身。汁はこっくりと濃く、魚や貝の味がよくわかる。濃いオレンジ色で、塩加減よし。AGUTのよりも田舎風だが、ムールもふっくらと大きく、よくダシの効いたスープで旨し。オレンジ色はピメントンか。だとすると相当多量に入っている気配。これにはトーストしておろしニンニクを塗った小さいパンが小皿に盛られてついてくる。これをスープの中に浸して食べる次第。ニンニクの辛みがピリッと効いてスープの味をひきしめる。カネロニはすぐ冷めてしまったところをみると、もしかしたら冷凍食品なのかな。でも味ボリュームまあまあ。薫はスープを2杯たっぷり飲んで、腹一杯になり、くるみも薫のスープ1杯をおすそ分けとカネロニを広げて、いっぱい。どうせ2°、セコンドは肉焼きのこ付きだろうとたかをくくっていたら、よく煮込まれた濃い味のシチュー風が出てきたので、見ただけで更に腹が膨れた。タレはそれほど多くなく、肉ときのこが丘をなしている。トマトをベースにブラウン色になるまで煮詰めたものらしい。皆が個人プレーをせずに溶け合って味を出している気配。きのこなどこげ茶色になってシチューの味に染まっていた。

  驚いたことに、これに多めの一皿ポテトフライがついていて、最初にはパン1/2本、ビノティント1本分持ってこられた。旨いところはポテトフライまで美味い。カラッとしている。ビノはたぶん樽のもので不思議な味をしている。一度口中に難なく滑り込んだものが口半ばで膨らみを持って広がり、また一つになって喉に流れる、という具合。バター味に似ているが、あの嫌味がなく別の形を取っている。面白い味だが妙ではなく、よく味わうと自然のものが(例えばぶどうの皮とか種周辺とかが)形を変えて味になった、という無理のない味わいがある。この個性をうんと好むというわけではないが、悪くはない。たまにレストランで飲むには安くて良い、ということになろう。パンは湿っていて目が詰まって、たぶん胚芽入りなので少しくすんでいる。モロッコのパンに少し似ている。やっとのことで、のメインの皿だけ食べ終え、ボリュームの少ないhelado(カップ入り市販)をとる。くるみの旅行本企画の話などしてから帰る。

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どうみても蟹。壁面にいきなり付いてる。

 

  その前に、壁にうすレンガ色をしたものがかけられており、「カニか?」と聞いたら「marisco」だという。この海で獲れるものらしい。トリーヨとかいった。色のせいもあり、薫は絶対カニやで、と言っていたが、くるみの思った通り貝やった。これは不思議な飾りもので、頂上の二本のトゲがツノの生えた般若のようでもあり、ふっくらと下ぶくれの形がおかめのようでもある。下手な絵皿を飾るよりはずっと洒落ている。やりすぎると不気味だが。これは仲々センスあるアイディアだ。帰りに売っている店を聞いたら、広場脇の土産物屋にあるかもしれないというが、夏だけなので今はcerradoかもしれないらしい。往きのようにすっとんで寒中の宿に戻る。この間2分、ぐだぐだして寝る前に、水をいっぱい飲んだらすこーし塩っぽいので驚いた。十分に濾過されていない水を供給している。ここはむやみに水を飲まない方がいいようだ。12時過ぎには消燈予定。

2月9日水曜日 やはり、どんよりと暗い曇天

  10時半ごろ起床。昨日やりっぱなしにしたまま寝たのを、薫が片付けてのち朝食。昨日といい、今日といい、やけに寒い。遠足を1日延期したため、丸パンが5つと食パンが1/2本残っている。丸パンをトーストに、もう一方は乾かしてsopa de ajoに使うつもり。しかし、丸パンは粘りがあるため、あまりトーストに向かないと薫が言う。お腹に重いのだ。ジャムも残り少なくもそもそする朝食だった。

 

  朝食後は、薫の散髪をする。この間、自分の髪を切って少しコツを(というか、切る手順を)考えついたので、それに従い、眉毛切り用の小ハサミにて挑む。でもやはり、散髪屋さんのように一筋の乱れもなく綺麗に仕上げるには「くし」が大きな役割を果たしているようだ。くるみも何回かやるうちには上手くなるのだろうか。パコのカセットを聴きながら、一生懸命散髪していたら、終わったのは3:30過ぎだったので参った。3時間余りもやっていたなんて。お腹がすいたので、薫は急いで風呂に入り、くるみ掃除。この後、昼食を薫が担当。そうそう、散髪をするとき、切った髪の毛が服についてはたまらぬと、薫はTシャツの上からカッパを着、雨用ズボンを履き、襟のところはゴミ捨て用の黒いビニール袋を巻いて洗濯バサミで止めた。そのため、毛は入らなかったが、ズボン他、蒸れたような匂いがして困っていたようだった。

 

《ジョルディとの会話》

買い物の帰りに、ジョルディに質問。

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宿で知り合ったスペイン男ジョルディと彼女?
  • パコデルシアはヒターノか?について。

パコデルシアはヒターノではなく、エスパニョールだということ。

ギター弾きにはヒターノはいず、歌い手にはいるらしいこと。

  • バルセロナにはたくさんのヒターノがいるか?について。

あまりいない。ヒターノはスペインの各地を転々と動き回っている。アンダルシア・グラナダにはより多くのヒターノがいる。

  • コルドバのカセットテープをどこで買ったらいいか?

エルコルテイングレスにたくさんある、と彼は答えたが、薫がなかった、と言ったら、グラナダのはあるが、コルドバのはないかもしれないとのこと。

カタラン人はフラメンコが好きでない。でも自分はカタラン人だが、フラメンコがとても好きだ、という。

 

 

  昼食はカルボナーラ。薫流のほうを。たまごうどんのようにつるつるとして仲々美味しい。薫はこれでもまだ足らず、sopa de ajoを作り食す。カルボナーラといい、sopa de ajoといい、spagetti aglio olioといい、実に簡単で美味しい料理を覚えたものだ。これは旅行の大きな功績だと思う。食後に喉が渇いたと言ってオレンジ2個平らげる。寒いのでcalefaccionをつけているためだ。思いの外、時間がなくなってしまったが、少し本を訳す。それから足りないもの(食塩と桃ジャム)を買いに、坂下のEuropeというスーパーへ出かける。今日の受付はジョルディで、また例の可愛い女性と友達、そして子供がいた。薫はまた間違えてBuenos diasと言って友達にBuenas tardes と直されてしまった。

 

  スーパーでは桃ジャムの缶詰(Eva)があったので、これと塩、安いトイレットペーパーを購入。ここのレジの女性はどの人も感じが良い。(あたりが柔らかい) 帰りがけ、薫がジョルディにパコデルシアはヒターノがどうか聞いてみようよと言い出して、質問したのが前ページのもの。バルセロナにもたくさんのヒターノを見かけるのに、少しそれを否定している気配があったのはどうしてか。もしかしたら、この地では「ヒターノ」という言葉は禁句なのではないかしら。ともかく、少し意外な情報(カタランの人はフラメンコが好きでないこと)も得て、部屋に戻る。ここカタルーニャが特別、スペインの中でも独立的な考えをしているから、フラメンコを自分たちのものでないと感ずるのだろうか。また少し訳を続けた後、夕食にかかる。とは言っても、スープは昼の余りがあるし、オムレツのソースもできているので、作ったのはオムレツとキャベツサラダのみ。以下は夕食の内容と反省・感想。

Sopa de ajo

塩加減少し辛い気もするが、これはピメントンピカンテのせいも少しあるだろう。卵を入れるとちょうどよくなるようだ。でもパンはよく煮られて麩のようになっていて美味しい。

《オムレツ》

《キャベツサラダ》

いつもやっているソーセージサラダ。だが今回、キャベツがとても固いうえ、太く長く線切りにしてしまったので、口の中であちこちトゲのように刺さって食べにくかった。キャベツで怪我したなんて聞いたことないよ。これはきっと煮て食べるキャベツで生食用は別なのではないだろうか。この間のは美味しかったのに。それから固いときは、いつもよりなおさら細く小さく線切りにすべし。ドレッシングにつけてもなお、キャベツはとがったまま。あちこちを向いて寝癖のついた髪の毛のようである。まいったなあ。

 

  食事のとき、グラナダで見たフラメンコの話になった。確か、薫は「仲々よかった、結構上手かったよ」と言っていた筈だったのに、今日は中に出てきた小さいおばはんが正月のコマみたいだったと言うのである。そういえば、フラメンコは妙齢の女性が艶かしくは激しく踊るもんだ、と思っていたのに、なんと本場も本場、グラナダのサクロモンテでは、下手な風呂屋のペンキ絵のような背景のついたおそろしく狭い舞台(単に「台」というかんじだが)の上で、正月のコマのように太った中年のおばはんが練習着のようなので踊るのだから、考えてみるとずいぶんギャップがあるもんだ。彼女ら踊り手は3人で、1人はコマ、もう1人は牛、そしてあとひとりのミドルティーンの女の子だけが締まった身体つきをしていたが、彼女もまた色気という点でいまいちだったような気もする。でも、土くさいフラメンコというのはこういうもんなのかな。

市場・料理 ・市場 2月8日火曜日

  曇りでやや寒し。昼下がりから雨。時に雷が鳴る。

 

  朝食はパンがないため、CCLに残りの茹でたカリフラワー、オムレツ モロッコソースかけ。少し気色悪い食事だった。これはカリフラワーが犯人だが。今日と、旅行の弁当を作る食物を買いに、公設市場にゆく。

 

  いつものように売り切れてはいけないと、魚介売り場にいの一番に行ったが、なんとなく活気がない。よく、いかを買う店も今日は売り台に帆布をかけて、売り場を半分に縮小していた。よくうろついて見てみると、表面が乾いたり、あまり元気のない、イカ、タコ、魚が多い。はっきりはしないが、不漁だったか、仕入れの関係かで良いものを置けなかったのではないかと考えた。結局、目当てのイカ一体に古市で買わず。そういえば、大きなSepine(体長約30cm前後)と墨を抜いて洗ったようなCalamaresを置いている店はあったが、欲しかった5~10cmの小さなSepiaや小さな5cm以内のCalamaresはあまり置いていないようだった。

 

  その足で、アメリカの男優のような骨格の太い体躯をしたおっさんと奥さんでやる肉屋にゆき、Terneza picado 400gを買う。肉をいじった手で、お金(1duro)を掴んでよこしたので、デューロ硬貨はミンチ肉がついたまま、こちらに引き渡されたのだった。

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アメリカの男優のような肉屋の主人


 

  ここの市場では、しょっちゅう、ヒターノスの女性がにんにくをカゴに入れて売り歩いている。ガニ股で、右斜め前、左斜め前と足を出して、相撲取りのようにおなかをつき出し気味にして、行き来している。くるみによると、そのにんにくは125ptsと普通の店より5pts高いので買う気にならないのだということだった。思うに、どうしてもう少し勝算のありそうなものを売らないのだろうか。誰かリーダーが頭を使って、良い商売を考案すればいいものを。大概の客(おそらく全ての客)は、ヒターノスの女性がにんにくを差し出しても、断っている。にんにくは家で作っていて元手なしということなのか。(ヒターノスの家らしきあばら屋は、草葺の屋根に石を積んで風邪で飛ぶのを避け、周りの柵の内側には小さな畑がある。)

 

  キリがないな。これはいいとして、今日はヒターノスの男性と思しき人が(数人)ヒターノスの女性数人の中に混じって歩いていた。急に、臓物屋の前で、大声で笑い出したので、何かと思った。男性軍登場かとも考えたが、あまりそういう気配は感じられなかった。ヒターノスでない人相の成年男子で、日本の押し売りが売るようなゴム紐の類を売り歩いている人もいる。

 

  最後に、キャベツをいくつかに切り分けたのを買って帰る。Colがキャベツだと思っていたが、どうもRepollaが正しいようだ。

 

  帰り際、坂下の乾物屋でベーコンやフランクフルトなどを買ったが、サルチチョン・フランクフルトがうまく通じず、店員が笑ったり、変な顔をしていた。どうも、袋(パケテ)入りとはっきり行った方がいいようだった。

アパートに帰るとヒゲのやり手おじさんがぴしっと背広で身を固め、一人の男とフロントの前の暗闇に立っていた。階段を上りかけると声をかけるに、この辺りは停電になったという。なるほど、部屋に帰っても、電熱台が使えないので、昼食を作れない。しょうがないと、あれはベッドに転がって通りを眺め、くるみは暗いダイニングで、ひっそりと人参剥きをやっていた。

 

  窓とダイニングの間は、すだれの間仕切りがある。通りでは、困ったなあという様子で、材木屋さんらしき人が所在なげに立っていた。通りを隔てた向かいのパーマ屋でも、恐らく急な停電に困っているらしく、盛んに外を見やっていた。どうも、客は散髪椅子に座ったままになっているらしかった。

  しばらくして、停電が直り、パッとライトがついた。遠足用のハンバーグをはじめとして、Sopa de Fideos改良版、カリフラワー、人参のゆでものを作り、食す。くるみの担当。Sopaは昨日作ったのに、フィデオスを多量に追加して煮込んだもの。人参はだいぶ年老いてしなびかけ、煮るに時間を要し、それでも余り、うまくはなかった。

食後、スペイン語とにらめっこしていて、何だが暗いなあと思って、窓の外をみると、結構雨が斜めになって降っているではないか。もう夕方のような暗さだった。降った跡はこの間見たが、まともに雨が降るのをみるのは、バルセロナでは初めてじゃないかと思う。随分、珍しいことがあるものだ。天変地異かいな。おかしなことでもなければいいが、と念じる。悪い天候には最近馴れていないのに、暗い空模様で雨が斜めに降り、その上、しばらく後には雷が轟いたので驚いた。どうも(他の)スペイン住民もそうらしく、通り向かいのビルのあちこちの窓には人の顔がいくつも貼りついていた。一応、傘の準備はあるのか、道行く人は黒いコウモリをさして歩いたりしていた。

 

  俺はスペイン語にくたびれ、腹も減ってきたので、コックになって、タジャリン(パスタの類、平たい)処理にあたる。ふにゃとなるパスタの性格なので、ソース焼きそばにする。道具立てがいつもより少ないのは明日遠足に行く予定なので、極力材料を残さず、平らげようとしているためである。ただ明日雨だと延期するつもり。

 

  キャベツ・玉ねぎ・ゆでた人参・ハンバーグ小2(バラして使用)・タジャリン・塩胡椒・ソースが材料。

ハンバーグはつなぎに止められているので、なかなかバラけずに困った。野菜を入れて、共に炒め、茹でたタジャリンを入れるという寸法。やはり、タジャリンはフライパンにくっつき、焦げつきやすい。パンから溢れるので、2回に分けて調理し、平らげてから、チビエビのプランチャ(炒めもの)GAMBA A LA PLANCHAをやる。にんにくをあらかじめ炒め、そこにエビを放り込み、塩少し降り、皿に盛ってからパセリを振った。結構うまいのは、オリーブ油の功績也。この後、だだくずれで、vinobrandy2人して飲み続け、いつになく延々と話し続けた。少しPICASSOの俺流見方コーチした他は、くだらぬ話ばかりなり。何となく、口が緩むような気分だったわけだ。2時か3時頃、ぱったりと寝る。この時、未だ雨が降り続いていたので、また朝早く出られそうにないので、一応明日の遠足を1日延期することに決定。

 

 追記;

坂下の乾物屋はすぐ近くのスルドスーパーと同じ名前で、BLASCOという。どうも、スーパーの一部門として出店しているらしい。なるほど、乾物屋とスーパーで同じ値段のがあったわけだ。(桃缶) この2軒は近所で圧倒的に客を集めている。乾物屋など、客が店内からはみ出し、歩道に立って、Quien es ultima?(ケネス・ウルティマ)などと聞いたりしている。

くるみの自家散髪 2月7日月曜日

  晴れ、しかしやや肌寒し。ここんところ随分と気温が落ちた。

朝食後、くるみの悩みがぽっくり解決し、気持ちも晴れたようだった。牛乳は鍋に入れて沸かしたら、分離してしまった。何回やってもそうなった。牛乳は金曜日に買ってきたleche del dia。入れていた瓶(プラスチック製)についた古い牛乳が元で悪くなったらしかった。今後注意を要す。朝食は薫がCCLいやコーヒー+湯を作ったので、くるみが洗い物。薫はパスタの本を訳す。

 

  違った。最初から記そう。

  ミルクが悪くなっていたので、コーヒーエスプレッソを湯で薄めたものとトーストパンジャム付を食べた後、薫洗い物、くるみは言いつけられて部屋の掃除。ついでにオートバイジャンパーがうす汚れているので石鹸と湯にて拭く。薫もまねっこをして肩下げカバンを拭く。靴もちょっと拭いた。この後、くるみは呆然。薫はパスタの本を訳す。

 

  本当は今日午前中にinformationに行き、Cadaquesへの行き方を教えてもらい、タイルを入れる額を探すつもりだった。くるみがこの後、悩みが解決したのだが、やはり身体の調子が悪いので、午後に予定を伸ばす。そうこうしているうちに、昼食の時間となった。この間作って美味しかったシャンピニオンスパゲティを2人協力して作る。材料はこの間と同様だが、今日はシャンピニオン300g、バター少なめ、玉ねぎ1個、トマト小3個のかわりに小1個+トマト缶150ccという型を破った配合とする。反省点は以下に。

  • とにかくトマト缶のソースは生のトマトより濃いので同じ分量ではずいぶん味が変わってしまう。小3個の体積から考えて300ccほど入れるところを、くるみに止められ、150ccにしたが、それでもトマト味がやや強かった。この150ccも味見しながら混入しないといけないと注意を受けた。テキストを見て調理する際、生トマトの代わりにトマト缶を使うには要注意。
  • くるみの経験では、ミートソースを作る時はトマト缶(あるいはピューレ)を使うが、これは生のトマトより、かなり濃縮してあり、調理時間を短縮させるとともに、種とずるずるを取ってあるので、効率的なものだ。それに比して、生のトマトは缶トマトよりも青臭みがあり、酸味が強い気がする。この意味でトマト缶と生トマトは使い分けなければならないと思っていた。
  • 急がない時はスパゲティシャンピニオンには生トマトが良い。トマトがあまり強いと、シャンピニオンの味が消され、バターのコクも追いつかぬからだ。生トマトはシャンピニオンと玉ねぎ、バター、ビノのソースに少し変化をつけるもの(添えもの)と考えた方がよさそうだ。

 

  昼食後、くるみ散髪。ひとりでバスルームの鏡に向かい、眉毛切りばさみ(資生堂)にてカット。頭の後ろが見えないのと、鏡と自分が逆に動いているギャップの為、最初仲々思うようにならず。しばらくののち、うまい方法を考えついたので忘れぬよう覚え書きしておく。

 

  分け目を考え(決めておき)、そこを中心に長さを決めてのち、あちこちから少しずつ毛をとって真上に持ち上げ、(人差し指と中指で毛をはさみ)1番短いものに指をそろえて、そこからはみ出た毛を切る。サイドもまた同じ。垂直に毛をとって、上と同じように切ってゆき、少しずつずらして、後ろの方の毛も中央に向かうように指でずらしてから切る。

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くるみの自家散髪後

 

 

 

  5時前、informationへ行き、Cadaquesの行き方を聞こうとしたが、Won’t you write the 

way to Cadaque?と聞くべきところ、writeを抜かしてしまったので、「私要りますか?」になってしまった。恥ずかし。だからやだって言ったんだ。しかし、すんなりわかって、のち額探し。うまい店見当たらず珍しくNowなレコード専門店(日本では当たり前だが)を見つけ、小澤征爾のファラとパコデルシアのカセットを購入。この後、あちこち見たが額屋見当たらず、寒いこともあって(風が強い)、おいおい探すことにしてメトロで帰る。夕食はありあわせの材料でくるみが、少し中華風野菜炒めを作り、残り物の小魚サラダを食べたのち、sopa de fideosの注文を受けて、急遽作成、飲食す。眠いので反省点を記して終わる。

  • 野菜炒めはうまく、ペルリと平げた。
  • 小魚サラダの難は先述した。薫は★はやれないよ、と言った。
  • ソパデフィデオスは、とっておいた鶏・牛煮込み汁が多く、じゃがいもバターが相対的に少なかったため、あっさりしたものになった。好みでは、コクがある方がよし。本来のソパデフィデオスはくるみによると、じゃがいもが入っていないらしい。

(期せずして、昨日と今日は休息日)  就寝。

Pueblo Espanol スペイン村雑感 2月6日日曜日

  昨夜立てた予定通り、食パンに、単にバターと桃ジャムを塗っただけのものをいくつも作り、Espressoを薄めたCaféを水筒に入れて、Pueblo Espanol(スペイン村に出かけた。起床はやや寝過ごし、9時過ぎ。この間の日曜は確か35ptsだったのに着いてみると、手書きで40ptsと書いた看板が立っていた。ころころ変わる値段だ。平日はまた違う。METROも平日と祭日では値段が違う。(これは前位にも書いた) 入場すると、全体の見取り図を置いた家がcerradoなのでぎょっとした、また、店はいっぱい閉まっているのではあるまいかと。2の間は、昼を過ぎて多くの店が閉まっているのだと言われて、今日は午前中から来たのだ。黒鉄細工屋は今日も休み。最低限、みやげの乳鉢は買って帰るつもりなので、その店に直行する。開いていた。

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ティーホと呼ばれる水差し壺


 

  黒に近い茶をした乳鉢をいくつも比較しながら見て、香辛料が詰まったり、すりこぎが突っかかったりしないか点検した。この最中、我々があまりいじり回すので、ブスッとパンか何かを立ち食いしていた眼鏡のおばさんが「全部おんなじよ」と言って、少し敬遠した。しかし、こちらも是非支障ないものを得たいので、知らぬふりして選び続けた。3つ欲しいところがたまたま、まともなのも10以上ある中で、3つしかなかった。何かしら平たい鍋の中をかき混ぜる木べらと、木のスプーンも3つずつ買った。鉢は少し高めの値の割に良いものだが、木べらやスプーンは値も安く、良いものだった。途中少しおばはんに話しかけ、勘定の段で、我々が買ったものはどこ産のものかと聞くと、スペイン中で作っていると答えよった。台所用品で共通のものだということらしい。この部屋の中では、どうかとも聞かれたと勘違いして、「これとこれはカタルーニャだ」と、サルダナダンスと何かの人形を指さした。これはしょうもないものだった。店を出るころには、おばはんも大分愛想というか柔らかさが出て来ていた。ともかく、本命を完了したので、一仕事を終えた気分で、辺りをぶらぶらする。くるみは少しは気に入っていたらしい銅食器屋の黒鉄細工(一見コルド風、実はバルセロナメイド)3900ptsと結構高かった。ぶらさがる銅製のしゃもじなどもセットになっている。俺の見るところでは、黒鉄の模様にはあまり雰囲気あるセンスがなかったようだから、まあ買わなくていいでしょう。

 

  少し先を右手に折れて、CERAMICAの店に入る。ちょっと覗いてから小道を隔てた部屋にゆくと、ひげのおっさんが粘土をこねいて、「5分したらろくろを回すから来い」という風なことを言った。いったん出て、毛糸で編んだ民芸調の座布団や前掛けを売る店やらを巡る。再度、CERAMICA屋に戻り、くるみが値段やらを聞いていると、おっさんが愛想良くなって「これは私が描いたものだ」とか「これは父親で、これは息子」などと言っていた。息子のは、年端ゆかぬせいか、上手ではなかった。しかし、この眼鏡をかけた時計屋のおやじのようなおっさんが、飾ってある皿を描いたとは恐れ入った。とてもそうは見えない。商売人(dealer)だとばかり思っていた。ひとしきり話した後、ろくろを回す部屋の奥手に案内されて、作りかけのタイルや絵の具が並んでいるのを見せてくれた。そばには、完成しかけた同じタイルもあった。2回も作業場だということだった。その部屋を出ると、隣ではひげがろくろを回し始めていた。よく厚みを均一にしながら、形を整えられるものだ。Showmanshipを発揮していろいろと粘土の形を変えて見せてくれた後、糸でこれをくびりとって、つぼの上部はやはり糸で縦に切って、ペロリと粘土が左右に垂れるようにして、断面を見せてくれた。ここで挨拶して去る。

  広場のレストラン下、鳩のそばで昼食とする。鳩が人の投げるパンに群がり、バタバタと騒がしい。どちらかというと、この動物をあまり好きではない。食中、知人への土産を大方買ってしまうのを決め、CERAMICA屋に戻る。しばらく考え、くるみが紺(あい)、山吹と草色の柄、中央に山吹の鳥がいる大胆な皿を選び、一旦値切っておいてから、紺が主の砂糖つぼも見て、いくらになると値切りかかる。この間、おっさんは大きく売れる喜びをこらえてか、値切りにどう抗するか考えていたのか、言葉数が少なかった。くるみが砂糖つぼも10%引きかと聞くと、彼はメノスと答えたので、俺が計2500ptsじゃ困るんよなあと日本語でくるみに向かって言い、しばらくぶつくさ考えていると、下向いて仕事していたおっさんが紙片に、650と書いてどうかという顔をし、1700を加えて、合計2350と示し、これでいいだろうという表情をした。しばらく考えてから、決断を委ねられたくるみが思い切ったように、しかし押し殺したような声で、「dus por favor」と言った。おっさんは黙って、ceramicaを包み出したが、喜びが滲みでてくるようだった。ここで、砂糖つぼがもう一つあったのを思い出し、それとも比較してみることにし、俺が「ちょっと待ってくれ」くるみが「同じ他の奴も見たい」という。おっさんは「バッレ」と言って、出してくれた。よく見ても、色といい、艶といい、あまり変わりない。先のが、No.23に再度決める。くるみが「飛行機なので」とよく包んでくれるよう仄めかす。砂糖つぼなど蓋もくるんでから、テーブルの上で転がしてみせた。余計なことはしなくて宜しい。スペイン人はすぐにおちょけるから困る。モロッコ風買物袋にしまって、adiosをいう。おっさんは「Adios,adios」と船が港を出るように、最初少し大きく、2回目のadiosは小さく優しく、別れの挨拶をした。相手を怒らせるほどには値切らなかったが、人のいいおっさんが思い切って引いてくれたと考え、今は満足することにした。

どうも、モロッコ以来、徹底的に値切らないと気が済まない性分が身についてしまっている。それで、相手が少しでも余裕があり、喜んだりしていると、少し甘かったかなと考えるのだ。スペイン人は変に見栄を張り、値切ったりせず(マドリッドの蚤の市でも値切る人を余り見なかった)、その上、人がいいのでこちらの値段交渉には扱いにくい。つまり見切る頃合いが肝心というわけだ。但し、夢々粘ること忘るるべからず。

みやげを買って、身が軽くなった思いで、Pueblo Espanolを出る。ミラマール展望台に行こうかと迷ったが、荷もあり、ミラマールはMuseo Miroに近いので、次回に延期。Metroでアパートに帰る。相変わらず、ちらちらとこちらを見るガキやおばはんがいた。駅では、右を向いたらガキが見ていて、左を見るとお姉ちゃんが見ていたので参った。まあ、顔が違うっていうのは珍しいから仕方ないか。俺も、見馴れぬ外人の顔などしげしげ見たいと思うのだから。見たいと思うことは自然な反応であるというところから出発して、その見方を考えなければならないだろう。当たり前のことで相手が嫌がるようではいけない。黒が黄を、黄が白を、白が黒を見たいのは、ごく当たり前のことだ。それほど、表面の違いというのは、人間の気持ちにとって大きいということを知るべきだろう。気持ちは揺れやすいものだ。表面が表面として見えるということ。もっとややこしく言うと、内容、表面、外容という関係が相互にあって、物質社会ができているということ。心は外観と密接な繋がりを持ち、外観は外界に接し、心は外観の内側から外界を覗いている。

昼食が軽かったので、残りのサンドウィッチを食べ、昨夜のsopa de ajo2人して食す。味こなれ、少し濃いが旨し。これは簡単な料理を手に入れた。しかし、日本のパンではこうなるものかというか。例えば、日本のパンでこうなるものかというか。例えば、日本のパンは時間が経つとカビが生えるが、こちらのは、ともかくカチカチになる。違うのだ。書き忘れたが、今日Pueblo Espanolでいくつか試聴した上で買った2本のPaco de Luciaのテープを聴く。ともに、日本でいう海賊テープだった。前に買ったテープ(Philips)と全く同じ演奏がいくつか入っているのだ。その上、音質が悪い。取り柄は安く、他のギタリスト及びPacoの他の演奏が少し入っていることだろう。くるみは悩み事ができた上、風邪気味なのでベッドにもぐりこんでしまった。洗い物をしたりしてから、俺だけ、くるみの作った牛肉の赤ワイン煮、パン、緑オリーブ、ビノで夕食をとる。牛肉にの牛、少し固めだが、玉ねぎも練れて、仲々滋味だった。難を言えば、わずかに塩多し。煮物は、くるみが熱ありでおかゆさんだというので、全部平らげてしまった。片付けて、くるみ寝る間に、おかゆさんを作っておいた。しばらくして起きてきたが、頭にフラメンコが響いて、余り寝られなかったという。そういう時は云えちゅうに。こっちは気ィ利かせて、ボリュームをしぼったつもりなのに。遠慮無用。少しは元気を取り戻したのか、くるみはグラナダで食べた小魚のフライを作った。

材料;ピーマン大1/2強、玉ねぎ中1/2、トマト小3、小魚100g、小麦粉、サラダオイル、オリーブオイル、酢、塩胡椒

作り方;

  1. 酢、オリーブ油、胡椒、塩を合わせて、ドレッシングを作っておく。
  2. トマト、ピーマン、玉ねぎをみじん切りにして、①に入れる。トマトは種をとっておいた。(ロッコソースへ)
  3. 小魚に小麦粉をまぶして、サラダ油で揚げる。今回はフライパンにたっぷり目の油を熱し、炒め揚げにした。小魚がくっつきあって、透明のだんごになっているので、ヘラでほぐしながら全体に火が通るようにした。
  4. ③を②に放り込んで和える。おしまい。

反省;小魚は和えると、クタッとしなびてしまうので(薫曰く、魚のすり身団子のようである)、揚げたてのパリッとしたものを別の皿に置き、食べる直前に野菜と和えるのがよかろう。このtapasの良さは、小魚をサラダにしたところと、ピーマンを入れたところにある。事実、これが長所なら別に今日使ったしらすのような魚でなくとも、もう少し大きめで安めの魚や、イカやタコのようなものをみじん切りにしたものなどでもよいのではないか。その時、主菜はカリッとしていることが命のような気がする。

 

ついでに牛肉の赤ワイン煮も。

作り方;

  1. 薄切りにした玉ねぎ1個、角切りにした成牛肉350g(塩胡椒したもの)を油で炒める。
  2. ①を鍋に放り込み、水少し、ローレルは1杯加えて、少し煮る。
  3. そのすぐあと、赤vinoをどぼどぼと(cup1杯弱)注ぎ、とろ火で煮る。
  4. 途中で塩加減を見ながら、味にふくらみのないことに気づき、慌ててにんにく薄切り(2)を放り込む。
  5. とろ火で煮て出来上がり。

反省;にんにくは最初炒めて加えるべき。もう少し多めの水で、もう少し長く煮てからワインを加えるべきだったかもしれない(薫が肉固いと言ったので)。これは実はくるみが寝てる間に食べたので、くるみは途中の味見でしか知らず、十分反省することができなかった。

さて、11時。くるみはヒターノの本を訳している。一服してから顔でも洗い、寝てしまおう。

くるみは自分のことをひょうたんに似てないといいながら、オリーブ18個も平らげて、vinoを飲んだ。こううしばらくして、就寝予定。

バルセロナに雨が降る 2月5日土曜日

  この日、明け方に雨が降ったらしく。路上が濡れていたので、とても驚いた。バルセロナにも雨が降るのだ。ひょっとすると、これまでにも夜中に雨が降ったことがあったのかもしれない。

 

  朝食をとらずに、9時頃、市場に買い出しに行く。透明な小魚(しらすみたいな)はじめ、野菜など多く購入。帰ってから昼食を兼ねた朝食。CCL、パン(桃ジャム付き、バター焼き)、オムレツモロッコソースかけ、オレンヂ1個、プリン1個(薫独占)。モロッコソースがこの間より香辛料が馴染み、うまかった。オムレツには今日買った19ptsという最高の白玉を使った。いつもより黄身の色は薄いが、焼いてみると昔嗅いだような香ばしい玉子焼きぃーという香りが漂っている。これはバターで焼いたが、とりわけモロッコソースとよく合う。元々の味を持つ、玉子らしい玉子焼きとバター、モロッコソースは切っても切れない関係に陥ったようだ。さて、作り方は簡単なので、成分だけ備忘のため、メモしておく。

  • トマトのずるずるカスバでは、身をサラダに使い、ズルズルをボールか皿にみな取り出していた。身は必要ないと思う。潰したトマトの缶詰も、カスバでは入れているらしく、これは何でできているのかと聞くと、倉庫まで連れていって、トマト缶を差し出してみせてくれた。その他の成分も書いてくれたが、こちらが想像つくものしか書いてくれず、香辛料については聞き出せなかった。これはくるみがEl Corteのスーパーの香辛料売場で嗅ぎ分け、見つけた。
  • トマト缶(出来上がりものの半分以上も入れない方がいいのではないか)
  • 刻み玉ねぎ
  • 塩胡椒(胡椒は意外に役割を持っていそうだ)
  • タイム
  • クミン  どちらかというと、タイムに重点か?エベレスト社の本には羊焼き(イスラムで      

      よく食べる)などにはタイムを使うとあったので。

      しかし、香りはクミンの方がずっと強く、且つアフリカを想起させるので、はじ

      めはクミンだけかと思っていた。

 

これらをよりよく混ぜ合わせればよい。トマトのずるずるの中にある種も潰せればその方がいいだろうが、面倒臭い。タイム・クミンは乳鉢か何かですりつぶして混ぜる。タイムは結構入れても差し支えない。混ぜ合わせたものはできれば馴染むまで半日での1日でも置いておいた方がよい。今回はラップして、冷蔵庫に入れておいた。以上。今日は昨日遅かった割に早起きしたのでしんどい。昼はスペイン語としばらくにらめっこして、くたびれたら昼寝でもしよう。

 

  結局、昼寝もせずにいて、夕方スーパーに追加の買い物に行った。スーパーの八百屋はパンクロック風の髪型をした兄ちゃんたちがやっているのだが、ここだけはBGNOWROCKがかかっていて、くるみにはおかしかったそうだ。試食品コーナーは人だかりで、半身乗り出しているおばはんもいた。夜は、2名共同でARROZ DE MARISCO作りにかかったら、 ARROZが足りず、 spaghettiに変更。玉ねぎ、にんにく、トマトをオリーブオイルで炒めてから、白vinoを入れて、煮込んだ魚介類(今回はあさり()とガンバ())を汁ごと放り込み、塩胡椒で調味して出来上がり。反省としては、塩が少し足らず、具のせいかあっさりできて、物足らず。Vino調査のつもりで買ったRIOJAの白も洗練されすぎ、やや未練が残った。

  仕方なく、薫は腹と気分直しにsopa de ajoを作る。これで成功。多めのオリーブオイルでニンニクを炒め、硬くなったパンを放り込み、水を加えて煮込み、塩胡椒で味付け、よく煮込み、味をこなれさせて、出来上がり。前回の反省に立って、塩加減を重視したのがよかった。また、今回気づいたが、パンは不思議なことに新しいものより古いものの方が旨い気がする。どうしてだろうか。油が濃く、香ばしいような、何ともそれらしい味がした。胡椒は粗挽きがよし。

 

  • 重要な追記

これまで、市場に通って思ったが、スペインでは食物が時々刻々変化し、生きているのがよくわかる。吉田健一氏によると、時間とともに変化するのが当たり前なので、それが生きているということなのだとなる。日本ではこれほど変化を味わうことがなく、ひどく新鮮だった。エストレラという名のパン屋で買った、香り高く値段安いパンも夕方にはかなり水分を失い、翌日にはカラカラと言っていいほどになる。鶏肉屋も、良い店だと思って観察することなく買っていると、いつか古い肉が溜まり、客が少なくなっていたりする。鶏も臭いを放ち出している。オレンジやvinoも然り。自然を食うとはこういうことなのだろう。さて、そうすると、日本のあのパンやハムは何なんだろうか?

料理と買い物の日々 2月4日金曜日

  9時半起床。軽い朝食後、くるみはスペインのヒターノ(ジプシー)の歴史を書いたLos Ziucaliを訳し、薫はPastaの本を訳す。かたわらでは、Paco de Lucia(Manuel de Falla)をかけていた。昼食は1時頃、ビフテキ、ただのオムレツ モロッコソースかけ、チキンスープ、これにスパゲティ・アリオリ。正直いって、モロッコソースはカスバで食べたのに近いのができた。あとからトマトの種及びズルズルの部分を放り込み、胡椒・クミンを加えたのがよかったようだ。乳鉢で香辛料をすってから入れると、もっと馴染むかもしれない。ビフテキkgあたり400ptsの安いのだったか、店のおばさんが「ビフテキ?」と聞いたので、くるみはてっきりそれに使えるものだと思ってしまったらしい。食べてみると、かたく食いちぎりにくく、どうもシチュー用であったらしい。火が通りにくいため、外が焦げても中は赤みがさしたままだった。スパゲッティは、湯に放り込む段になって、間違えてダジャリン(平たい麺)を買ってきたことに気付いた。これは仲々火が通りにくく、油も馴染みにくい。但し、火が通るとうんと柔らかくなるので、日本の焼きそばのようにして食べると良さそうだ。食後もCafé con lecheを飲みながら、午前中の作業を続行。5時過ぎまでほぼ沈黙の時間が過ぎた。

 

  重い腰を上げて、乾物屋、スーパーなどに行くことにし、まず乾物屋に行って「アマド(愛人)200g」と言ったら、兄ちゃんは赤い顔をして驚いた風だったらしい。実は、アマドだけでは誤解を生むので「ベーコン・アマド」と言わなければならなかった。スーパーでは、ビール瓶を返却した分、金がバックするそのレシートを失くして、残念なことをした。帰りに、坂上の酒屋でun poco vinoを味見させてもらって、55pts/Lのを4L瓶で買う。家の空き瓶を持ってきていなかったので、別のに入れてもらったが、蓋がないという。仕方なく、ちゃちなビニールキャップを乗せてもらっただけで、提げて帰る。家で空いたのと、キャップを交換した。午後6時過ぎだが、未だ昼食が腹持ちしているので、遅く食事をとる予定。家にいてもくたびれるもんだ。

 

  夕食後、スーパーで買ってきたプリンをくるみのみ食す。これは卵入りプリンという謳い文句で、フランスのダノン社から出しているものだ。ひと口食べてあまり手作りでない味がしたので、ふうんと思っていると、何と容器に模様が入っていた。どういうことかというと、普通プリンがインスタントや機械で作ったものでないことを見分ける時には、プリンの表面に鬆がたっているかどうかを見るのが常套手段だろう。もちろんよくできたプリンにはシワはあまり立っていないのが普通だが、たいていの場合、卵・牛乳・砂糖・バニラエッセンスを混ぜて、蒸してできるので、シワは多かれ少なかれ立ってしまうのだ。くるみもスーパーでいくるか並んでいるプリンのうち、このようなシワが見えるものを選んだのだった。安売りの為、2つで47ptsと安い。自然品がまだ溢れているスペインだから、というのが頭にあったのかもしれないが、手作りにして安いなと思っていた。ところが食べている途中で、よく見るとプリンの入った容器にはでこぼこの模様が入っており、このためにただのインスタントプリンを入れても(蒸さないプリンでも)鬆が立ったように見せかけることができる。またプリンはカップ8分目ほどしか入っていないが、プリンが入っていないところにも模様が入っている。しかし、何とこれもダノン社のプリン固定用ボール紙によって隠されてしまっているのだった。何ということ。もっと目が必要である。

 

晩飯は、スパゲティ・アラ・カルボナーラ。水族館社の本を見ながら、薫が作った。ベーコンと玉ねぎを多めのバターで炒めた上で、白vinoを煮込み、コクを出すのがミソ。電熱線の都合でスパゲティが茹で上がるのと、ベーコンの煮込みの時間を合わせるのに気を使った。塩はベーコンを炒める段で効かせればいい模様。出来上がりはかなりコクがあるので(伊丹十三式と違って)、パセリは結構多くても釣り合うのではないかとの助言を得た。ただ、この多量バター・白vino煮込み方式はカルボナーラ(ベーコンが主人)の場合、重くなりすぎる気が個人的にはする。この間のシャンピニョンにこの方式がうまく合ったのは、きのこがあっさり、トマトも割とあっさりなので、うまくあっさり具合を残しながら、コクが引き立てバランスが取れたのだろう。

今度はまた違ったパスタをやってみてやる。

 

このカルボナーラをやっている最中、ジョハディの女友達(奥さん)が英語のできる女の子を連れて、わざわざ、先に尋ねた料理用語の意味を教えにきてくれた。

 

 追記;この間からCCLに細かいコーヒーの粉が浮くので、どうしたことかと思っていた。原因がわかった。かなり熱したプレートに急に置くと、噴き出す圧力が高すぎて、粉も一緒に出るようなのだ。メーカーをプレートに置いてからスイッチオンし、次第に熱が上がるようにすると、粉が浮かなかったのでわかった。日本のガステーブルではどうであろうか。